東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3615号 判決 1968年1月31日
原告 岩崎均
右訴訟代理人弁護士 小田成光
同 入倉卓志
被告 樋口正賢
<ほか一名>
右訴訟代理人弁護士 堂野達也
同 服部邦彦
同 堂野尚志
主文
一、被告樋口正賢は、原告に対し、別紙目録第一記載の不動産につき、東京法務局新宿出張所昭和三九年三月三一日受付第七二五四号所有権移転請求権保全仮登記に基づく本登記手続をせよ。
二、原告の被告藤谷弥太郎に対する請求を棄却する。
三、訴訟費用は原告と被告樋口正賢との間では、原告に生じた費用の二分の一を同被告、その余を各自の負担とし、原告と被告藤谷弥太郎との間では、全部原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告樋口正賢に対し、主文第一項同旨
2 被告藤谷弥太郎は原告に対し、右本登記手続を承諾せよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、被告藤谷
主文第二項、第三項後段同旨
第二当事者の主張
一、原告の請求の原因
(一) 原告は被告樋口に対し、昭和三九年三月三一日、金三〇〇万円を返済期同年七月末日、利息年一割五分の約定の下に貸し渡すにあたり、同被告との間で、返済期に右債務の履行がないときは、その履行に代えて同被告所有の別紙目録第一記載の不動産(以下、本件物件という)を譲り受けて代物弁済とすることができる旨の予約をなし、同日本件物件につき右代物弁済予約を原因として請求の趣旨第一項掲記の仮登記(以下本件仮登記という)を得た。
(二) 原告は、返済期経過後である昭和四一年九月二八日頃被告樋口に対し前記代物弁済の予約完結の意思表示をし、これはその頃同被告に到達した。
よって原告は同被告に対し、本件仮登記の本登記手続を求める。
(三) 被告藤谷は、本件仮登記より後順位にある別紙目録第二記載の各登記の登記名義人である。
よって、本件仮登記の本登記手続につき登記上の利害の関係を有する同被告に対し、右本登記手続をなすことについて承諾を求める。
二、被告樋口は公示送達による呼出を受けたが本件口頭弁論期日に出頭しない。
三、被告藤谷の請求原因に対する答弁
(一) 請求原因の認否
請求原因(一)の事実はすべて認める。同(二)の事実は不知。同(三)の事実中、被告藤谷が原告主張のような各登記を経由していることは認める。
(二) 抗弁
1 原告は代物弁済予約を完結し、その代物弁済の履行として、本件仮登記の本登記手続にかえ、本件物件につき、昭和四一年四月一日売買名義で、東京法務局新宿出張所同年九月二八日受付第二四、五八六号所有権移転登記手続を経由し、その所有権を取得したことにつき対抗要件を具備した。
よって、原告主張の代物弁済契約は、同日履行され、本件仮登記はその原因が消滅し、無効となった。
2 仮に代物弁済が成立しないとしても、原告は昭和四一年四月一日、売買名義で本件物件の所有権を取得し、本件仮登記によって保全された本件物件の所有権移転請求権の相手方たるべき地位を兼併した。
よって、右請求権は混同により消滅し、本件仮登記はその原因を失い無効となった。
3 仮に混同が認められないとしても、原告は本件仮登記の本登記によらず、前述のような、売買を原因とする通常の所有権移転登記を経由したのであるから、本件仮登記に基づく本登記請求権を放棄したものである。
四、抗弁に対する認否等
抗弁事実中被告藤谷の主張するような所有権移転登記がなされていることは認めるが、その余はすべて争う。
すなわち、原告は前記のように被告樋口に対し代物弁済予約完結の意思表示をなし代物弁済の履行として本件仮登記の本登記手続を求めたが、当時、右手続につき登記上利害の関係を有する被告藤谷の同意が得られなかったので、便宜上、売買を原因として所有権移転登記手続をしたものである。しかし、右所有権移転登記をもってしては、少くとも被告藤谷に対する関係では対抗要件を具備したことにならないから、代物弁済はいまだ完成していない。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一、原告が被告樋口に対し、昭和三九年三月三一日金三〇〇万円を返済期同年七月末日、利息年一割五分の約定で貸し付けたこと、同日、原告と被告樋口との間で同被告が返済期に右債務を履行しないときは、原告はその履行に代えて、同被告所有の本件物件の所有権を原告に移転することができる旨の代物弁済予約が成立したこと、同日本件物件につき右代物弁済予約を原因として本件仮登記手続がなされたことは、原告と被告藤谷の間においては争いがなく、また、原告と被告樋口との間においては、その方式、趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定される乙第一号証の一、二および原告本人尋問の結果によりこれを認めることができ、反対の証拠はない。
二、そこで代物弁済の成立につき判断する。
前掲乙第一号証の一、二および原告本人尋問の結果によれば、被告樋口は前示代金債務の返済期を経過した昭和四一年四月頃に至っても、内金二〇五万円を弁済したのみで、元本債務として金九五万円をいぜん負担していたが、同年九月頃さらに金一〇〇万円の追加貸付を原告に求めた。原告は、そこで、同被告との間で、前示貸金残額九五万円の返還債務の履行に代えて、本件物件を取得したいが、それだけでは気の毒であるから別に原告から同被告に対し金一〇〇万円を支払うこととし、これに伴う所有権取得の登記は本件仮登記の本登記手続によってなすことを申し入れたところ、同被告もこれを了承した。しかし、司法書士から、両者に対し、被告藤谷の承諾書がないため、本登記手続はできないことを教えられ、やむなく、両者合意のうえ、本登記申請は断念し、ともかく原告名義で所有権取得の登記がなされればよいとして、抗弁1の売買名義の所有権移転登記を申請受理されたものであることが認められ、反対の証拠はない。
右事実によれば、原告は遅くも昭和四一年九月二八日(抗弁1の登記がなされた日)までに本件代物弁済の予約を完結する意思表示をなし、それが当初の債務全額ではなく残債務九五万円の弁済に代えてなされた関係で、清算の趣旨をこめて、別に金一〇〇万円の支払を約束したものとみるのが妥当である。
ところで、代物弁済の発効すなわち代物弁済としての債務消滅の効力が生じるためには本来の給付に代わる他の給付が、登記その他の第三者対抗要件を具備せしめる必要があるものである場合は、その履践があるまでは、未だ代物弁済としての効力を生じないものと解すべきことは、原告主張のとおりである。しかし、本件において、原告は、代物弁済予約の完結に基づき、被告樋口から、本件物件につき、東京法務局新宿出張所昭和四一年九月二八日受付第二四五八六号所有権移転登記を経由したものであることは前示認定のとおりである。
これについて、原告は本件所有権移転登記の効力を否定する。そして同登記の登記原因は、登記簿上では、売買と表示されている。しかし、真実は、右に認定したとおり、本件代物弁済予約の完結を原因とするものであり、このような原因の表示だけが相違する所有権移転登記も原告が本件物件の所有者であることを公示する点では当初から正しいものであり、むしろ登記簿上の利害関係者の存在を知って、あえて当事者が企図したところでさえあり、これを無効な登記と解すべき理由はない。
そうすると、右所有権移転登記のなされた時である昭和四一年九月二八日に、本件代物弁済による債務消滅の効果を生じたものというべきである。右登記が被告藤谷の登記に遅れたことにより、原告が本件物件の所有権を失うことになるおそれがあるからといって、代物弁済としての給付が未だなされていないわけのものではなく、ただ、後日、被告樋口に売主の担保責任に準ずる責任等を生ずるにすぎないことがらである。
三、以上判断したとおりであるから、原告が本件仮登記によって保全した所有権移転請求権は、本登記に代る所有権移転登記によって、代物弁済としての給付が完了した時に、被担保債務の弁済に因って消滅したものであり、あえて放棄の意思を審究するまでもなく、被告藤谷に対し本登記についての承諾を求める原告の本訴請求は、失当である。
四、原告の被告樋口に対する請求については、すでに判断したとおり、原告の請求原因事実はすべてこれを認め得るところ、同被告はなんら抗弁を提出しないものであり、しかも被告藤谷の承諾義務は被告樋口の本登記義務の存在が肯定されることによって左右される筋合のものではないから、当然に、両被告の間に補助参加の関係を認めなければならないものでもない。したがって、被告樋口に対する原告の請求は、他に格別の主張がない以上、これを正当として認容すべきものである。
五、よって原告の、被告樋口に対する請求を認容し、被告藤谷に対する請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山本和敏)